プライド

人は生きる上でいろんな約束を自分以外の誰かと交わします。
生きている時間が長くなればなるほどその量も増えていきます。
学生時代はそのことが嫌で嫌でしかたなかったことを憶えています。
学校に行くとなぜ同じ時間に同じことをしなければならないのか?
1週間の約束どころか1日の約束にさえ疑問を持っていた時期もあります。
しかしながら学校に行かないと単位がもらえないので行く事になるわけです。
席について聞きたくもない講義を聞いていると、どこからともなく声が聞こえてきます。
「自分の思うようにやれ!」
授業をこっそり抜け出して、自分のやりたいことをやる・・・・
ところが、今、そのとき何をやっていたのか?
一生懸命思い出そうとしても、ちっとも思い出せないのです。
いったい何をしたくて授業を抜け出していたのか?
いったい授業を抜け出してやりたいと思っていた大切なこととは何だったのか?
何十年も過ぎたとはいえ、すこしは憶えていそうなものなのに・・・・


「プライド」という言葉があります。
Wikipediaではプライド(英語: pride)は誇り、自尊心、自負心を意味する言葉。
とあります。
誇りとはみずからそれを名誉とする感情。
自尊心とは、一般化された肯定的な態度『ありのままの自己を尊重し受け入れる』態度。
自負心とは自分の才能や仕事について自信を持ち、誇りに思う心。
つまりは心を強く持ちなさいということで、とても素敵な言葉です。
ところが、「プライドが高い」というと、どういうわけか高慢ちきで人を見下し、自分の視野の狭い人というイメージが強いように思います。他人を見下している嫌な奴ということでしょうか?
でもそれはあまりにも安っぽいフライドに思えます。
本当にプライドの高い人というのは本当の自分をさらけ出すことのできる人かもしれません。
プライドは心が傷つかないようにガードする鎧という役割も持っています。
本当の自分をさらけ出すことに自信が無い人ほど心の鎧は厚くなっていきますし、
本当の自分を認められずに否定している可能性もあります。

若い頃、私は無駄にプライドが高かったように思います。
自分探しに精一杯
他人を思いやることなどできませんでした。
仕事、恋愛、家族、スポーツ・・・・いろんな面で挫折もありました。
そんな中で、犬と巡り会った時、私はその無駄なプライドが削ぎ落とされていったことを憶えています。
だって、犬と何かを成そうとすると、自分の持っていたプライドなんて、ことごとく簡単に崩されてしまうのです。
授業を抜け出してまで大事にしたあのプライドはなんだったのか?
芸術の道を歩んでいた頃
デザインの道を歩んでいた頃には気がつかなかった本当に大事なものを犬から学んだように記憶しています。
アウラというプライドは犬の心と共にあります。
犬によって成される幸せを最優先することは、結果として自分を否定することもあります。
自分はこうありたい、こうあるべきだ・・・・犬にはこうしたい、犬をこうさせたい・・・それは通じないことが多いのです。
犬のプライドの中に入っていくことで、自分のプライドは成り立つのだということに気がついた時、ちょっとだけ犬語がしゃべれるというプライドを得る事ができるのかもしれません。
そんな犬との約束の中で自分をさらけ出すことはちょっとだけ勇気のいることですが、できてみるとなんとも自由な気持ちになれます。
それがアウラの流儀なのかもしれません。
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プロフィール

aura

Author:aura
町田市と稲城市にあるアウラドッグトレーニングアカデミー
の西田です。
訓練所ではなく、犬とのコミュニケーションづくりをサポー
トしています。
ブログでは私が感じた事を思うがままに綴っています。
ときにはやさしく、ときには厳しく綴りますが、特定の人や
犬に対する記事は一切ありません。
読まれた結果、どのように感じ、どのように触発され、行動
を示されるかは私にはわかりませんが、どんな時にも前向き
にとらえて読んで頂けると幸いです。
うちのボーダーコリーのビンゴは、重度の股関節形成不全でしかも耳が100%聞こえませんが、それでも沢山の経験を共にし、障害を越えて、健常な犬達と同じかそれ以上の結果さえも得ています。
なにもあきらめるものはありません。自分達の向かうイメージを持って、ひとつひとつの努力した点を線につなげ、面にしていくプロセスを楽しむ事で結果はおのずとついてきます。

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